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引越しマニア14 〜 堺編(その9)
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    うちにピアノがやってきた。

    それは私が4歳のときのことで、私は運ばれてきたときのことを記憶していないので、恐らく、私が近所の友達と遊びに出かけている間に運び入れられたのではないかと思う。気がつくと、「ウナギの寝床」の間取りの真ん中の部屋の壁際に、デンっ!とあったのだ。

    ドイツのメーカー「atlas」のピアノだった。

    母は子供の頃、ピアノを習いたかったのだそうだが、いろんな事情でピアノを買ってもらえず、その願いは叶わなかった。母の両親は教員だったこともあり、特に父親(私から見ると祖父)からは、大学に進学するときに教員免許を取るように命令されたそうだが、母は家政学を専攻したため、結局中学・高校の教員免許を取った。もし幼稚園か小学校の教員免許を取ろうとしていたら、ピアノに関わる可能性はあったはずなのだが、そのチャンスもなかったわけである。
    そこで母は、自分の子供が女の子だったらピアノを習わせよう、と密かに企んでいたらしい。というわけで、私がピアノを欲しがったのではないようだ。
    父と母が相談して購入したそのピアノは、当時の価格で30万円ぐらいだったという。(普通ならそんなお金があれば車を買うのだろうが、残念ながら父も母も運転免許を持っていなかったし、いつも交通の便のいい土地に住んでいたので必要性を感じていなかったようだ)
    始めは、有名な国内メーカーのY社かK社のピアノを買うつもりで楽器店を見て回り、K社のピアノを購入する予約をしたらしい。ところが、その時の店員さんが「国内メーカーのピアノは金属音が強くてあまり耳によくない、お子さんに与えるのなら音のよい外国製のほうがお勧めだ」というようなことを言っていたのが、あとからひどく気になって、結局納品を前に急にキャンセルした。そこで新たに勧められたのが「atlas」のピアノだったそうだ。
    (訂正:母はドイツのメーカーと聞いたそうだが、改めて調べたところ、「atlas」自体は日本のメーカーで、1960年にドイツマイスターの称号を持つ国立音大の教授が顧問となり、ヨーロッパ式製造技術のメーカーとして設立されたそうだ。音が狂いにくく安定しており、使い込むほど音が重厚になるので専門家に定評があるらしい。母の勘違いは「ドイツ」「ヨーロッパ式製造」が印象に残ったためと思われる。)

    それから、母は近所で私を通わせるピアノ教室を探した。が、見つけたのは、自宅まで来て出張レッスンもしてくれる若い女の先生だった。

    このピアノが、私のその後の人生にいろいろと影響を与えることになる。
    ここから私の(なんちゃって?)ピアノ人生が始まったわけだ。

    わずか4歳の私には楽譜なんて読めない。母は当然、楽譜はチンプンカンプンだった。でも、ピアノ教室をやっていて小さな子供のレッスンを引き受ける先生は、たいてい大学の児童教育系の学科を卒業したか、そうでなければ、音大卒で自分自身も幼い頃からピアノを弾き続けているという先生である。小さな子供に音、楽譜、音階、ピアノの弾き方を教えるノウハウは当然持っているし、ある程度お決まりのコースがある。
    で、私もお決まりのプレ・バイエルからのレッスンが始まった。
    プレ・バイエル教則本は、子供が興味を持つように絵が書かれていたり、おたまじゃくし(音符)も五線も特大だ。それを見て、まず「五線の左にこの形の記号があって、この形の音符があるときは、ピアノのこの鍵のことなのよ」という風に教えられるのだ。つまり、ト音記号がある五線にのすぐ下に横串がささったような○がついていれば、ピアノの88鍵の真ん中(カギ穴付近)の「ド」の音である、というようなことである。文章にすると何のことだかさっぱりだが、これをピアノの前に座り、楽譜を見ながら説明され、それを(普通は)どの指で押さえるのか、順番に教えてもらい、同時にハ調の音階を教わる。楽譜なんてたいしたことはないわけだ。これらは基礎になるのだが、大事なのは「耳」(音感)のほうである。
    やがて、単音をトツトツと弾くことができるようになると、次は短いメロディーを弾くことを教わる。右手には親指から小指に1、2、3、4、5と書かれ、左手には小指から同じように番号を書かれる。(絵のシールを貼られることもあったかな?)手の形は、卵を握らされ「その手の形を覚えておいてね」と、その状態で鍵盤の上に手を置かされる、という具合に、指の腹ではなく指の頭で弾くことを叩き込まれるのである。
    左右の手のどちらから先に練習するかは先生によって考え方が違うらしい。最初は主に右手での弾き方を教え、あとから左手をマスターさせる場合もあるし、左手も同時に教える場合もある。左手も同時に教えるのには理由があって、普通は右手が利き手であるため右手のマスターはスムースだが、左手は力が弱い上に動かしにくい。だが、左右の弾き方を同時に教えることによって、早いうちに左手も右手と同じように動かせるレベルに上げ、両手を同時に動かすことが「難しい」という印象を植え付けないためとも言われる。私の場合は後者のほうで、左手も同時に教わった記憶がある。こんな話を書くと、英才教育とかスパルタ教育のように感じるかもしれないが、実際はそうでもなく、母も先生も楽しくピアノを弾けるようになればいい、という程度の考えしかなかったようだ。私の先生は、母の印象では少し厳しいところもあったというのだが、私は叱られた記憶もないし優しい先生だったように記憶している。

    余談だが、私はパソコンのキーボードはかな漢字変換のブラインドタッチである。ローマ字変換が苦手なのは、頭の中で日本語の原稿をいちいちローマ字に変換する時間がもったいないからだ。ただし、英文タイプもマスターしているので、入力モードを英数字に切り替えれば、英数字のブラインドタッチもできる。
    いずれにせよ、キーボード表→実際のキーの位置をマスターすること、左右10本の指をばらばらに動かすことに何の苦労もなかったのは、楽譜を見てピアノを弾くのと同じだったからだ。ピアノさまさまである。

    さて、こんな調子で私が毎週少しずつピアノのレッスンを受けている間に、幼稚園入園の時期が近づいてきていた。もうすぐ5歳。両親は2年保育の幼稚園を探し、入園できるところを見つけ、制服も準備した。私も幼稚園入園はちょっと楽しみだった。なぜなら、そこはあのしげちゃんやよっちゃんも通っている幼稚園だったからだ。

    ところが…。
    またまたXデーがやってきた。父の転勤である。
    | History or Hysterie? | 13:05 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
    ☆hirocchiさん
    そうだ!hirocchiさんは音楽大好きなんですよね〜。
    吹奏楽の部活をされてたんですね。
    私は鍵盤楽器から入ってしまったので、弦楽器、管楽器は触る機会がなかったんですよ。
    でも、高校の頃にはギターに興味を持ってしまって、ギターとベースをやってみたんですけど…、その話は「引越しマニア」をずっと続けて書いていくと出てくると思います。
    | なな | 2006/06/28 12:47 AM |
    4歳からピアノを習っていたんですね〜
    私、憧れでした〜
    私も父が転勤族で、引越しが大変だからとピアノは買ってもらえず・・・
    小学校の教室にあるオルガンを弾いたり、音楽室のピアノを弾いたりしてました♪♪

    音楽がとーっても好きだったので、楽譜は読めたんですよ〜

    でも、高校1年の時に宮城に家を買い、母がピアノを買ってくれました〜
    趣味程度に弾ければいいと、バイエルから始めましたが
    部活の吹奏楽が忙しくて、途中で辞めちゃいましたf^^;

    が、おかげで私もローマ字入力のブラインドタッチで
    バチバチ入力してますよ(^^)v
    | hirocchi | 2006/06/26 3:37 PM |









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