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引越しマニア番外編 〜 先週の「学校へ行こう!MAX」の話(その1)
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    先週21日に放送された、「学校へ行こうMAX」SP。
    ちょうど祝日だったので、この日の私は、午前中から夕方にかけて、WBC決勝を観て大興奮したあと、晩ご飯の用意の用意をしながら、その番組を見ていました。

    この日はスペシャルで、あるテーマを3つ出して、現職の教師、芸能人のゲスト、そして番組レギュラー陣が、街でインタビューした学生たちの意見を見ながら、教育について意見をいろいろ出し合う形で進行する内容でした。
    テーマ3つと書きましたが、実際は大きく2つ。
    ひとつは「校則」、もうひとつは「体罰」について。

    同じくこの番組を見ていたという、Seven&Seaのmakiさんがその感想を記事を書かれていたのを見て、私も、以前シリーズもので書きかけていた「引越しマニア」を再開して、いずれ書こうと思っていた話があったので、ちょっとフライイングして、先に書いてみようと思います。
    私は大阪の豊中市というところで小学校に入学しました。
    私は父の転勤に伴ってたびたび引越していたのですが、小学校の6年間は自宅の引越しはありませんでした。
    ただ、私が入学した小学校は、当時、市内一のマンモス校で、私が入学した時には、新設校を建てて分校する計画が進んでいました。
    当時は45人学級の時代でしたが、1学年だけで12クラスもあり、校舎も教室も足りず、職員室がプレハブという有り様だったんです。
    結局、私が3年生のときに、新設校が完成し、校区も決定され、私は4年生から新設校に移ることが決まりました。
    こういう場合は、転校とは少し違いますが、当時、豊中市の小学校のほとんどは、1・2年、3・4年、5・6年は、同じクラスと担任で持ち上がる制度になっていたため、3年生が終わったら、集団で転校するという感じで受け止めていました。
    でも、実際のところは、新設校に移った私達は、寂しい気持ちの反面、中学にあがるときには、元の小学校の友達とまた同じ校区になる、ということもあり、みんなそれほどがっかりはしてなくて、むしろ新しい校舎や体育館、広い校庭に喜んだという感じでした。


    前置きはさておき、ここからが本題の話。

    私は、1・2年の時の担任は年配でベテランの女性の先生が担任でした。
    おばあちゃん先生と言ってもいいくらいのお歳でしたが、児童を誉めていいところを伸ばす、という主義の先生でした。
    「ななちゃん(ホントは違うけど)は学校の先生になったらええかもよ」と言ってくれたのは、このおばあちゃん先生でした。
    3年の時の担任は、30代中頃くらいの体育会系の男性の先生。
    厳しくて、物事(児童)の本質的な部分を見抜いている鋭い先生で、時に手が出ることもありましたが、やんちゃな男子児童には人気抜群。
    女子も、厳しい先生だけど叱り方に愛情あると受け取っていたはず。
    「先生の前でだけ“いい子”になってもアカンで!」と、私にビシッと言ってくれたのはこの先生だったな〜(笑)。
    だから、分校するとき別れるのはさびしかった記憶があります。
    そして分校して、4年の時の担任はお母さん的な優しい女性の先生。
    児童の話をよく聞いてくれる先生だった記憶があります。
    小学校の担任の先生の中では、私はこの先生がイチバン好きでした。
    でも、例の制度により、この先生が担任だったのは1年間だけでした。

    問題は、、、5〜6年の時の担任。
    40代中頃くらいの、学年主任も務めるベテランの男性の先生でしたが、私には、どうもその先生を好きになれない要素がありました。
    それは、その先生のメガネをかけたその奥の「眼」でした。

    6年生の3学期、いよいよ卒業式も間近になったある日のことです。
    私とある女の子の友達は、2人で問題を起こしてしまいました。
    学校を途中で抜け出し、授業をサボってしまったんです。

    その日の6時間目は学級会(中・高でいうと学活とかHR)でした。
    担任の先生が、ちょっとした用事があって遅れるので、先生が来るまで自習しているように言われたと記憶しています。
    ところが、もう卒業式間近で自習と言っても特にすることもない。
    学級会の議題だって、卒業式のイベントの何かを決めるとかでもなく、特に大事な議題というわけでもない。
    で、教室ではみんな、自習といいつつ友達同士でしゃべってたのです。
    もうすぐ中学やなぁ、とか、先輩って怖いんかなぁ、とか。
    すると、ある仲のいい女の子が私のところに来て、
    「なあ、ちょっと外行って遊べへん?」
    と言い出しました。

    この友達、ふうちゃんは、6年の途中で他校から転校してきた子でした。
    普段は明るい子でしたが、どこかクラスに馴染めない気持ちを持っていたようにも見えた子でした。
    両親が共働きだと言っていたので、家でも寂しかったのかも。
    一方、私はこの頃には、自宅の引越しが決まっていて、みんなと同じ中学には行けないことが決まっていました。
    そんな私とふうちゃんだったから、かもしれません。
    バックレ(サボリ)なんて悪いことに決まってるのに、なんだかここにいたくない気持ちにが強くなってしまい、2人でこっそり教室を抜け出し、そのまま校門も抜け出し、学校の外に出て行ってしまったんです。

    その後、自分達に大変なことが降りかかるなんて、
    このときには思いもしなかったのです。


    続く
    | History or Hysterie? | 23:46 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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