+LOGPI!!
+Twitter
+Booklog
+CM


関東・甲信越地区限定。
働く女性、ママにオススメ。
+OTHERS

無料ブログ作成サービス JUGEM

paperboy&co.
RSS 1.0
ATOM  0.3
<< December 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< 引越しマニア番外編 〜 先週の「学校へ行こう!MAX」の話(その1) | main | ブログをお引越ししました。 >>
引越しマニア番外編 〜 先週の「学校へ行こう!MAX」の話(その2)
0
    先週の「学校へ行こう!MAX」を見て思い出した、小学校の苦い思い出。
    書いているうちに話が長くなっちゃったので、分割してしまいました。


    さて、学校を抜け出してしまった私とふうちゃんの、その後の話。

    私達は、学校から徒歩で10分足らずのところにある公園まで行き、
    そこでふうちゃんが持ってきた飴ちゃん(笑)なんかを食べながら、
    公園のブランコに座って、なんだかおしゃべりをしていました。
    何を話したかはあまりよく覚えていませんが、
    ふうちゃんは、両親とも働いているから昼間は家に誰もいないとか、
    私は、学校から一度家に帰ってから友達と遊びに行くことを
    母親に禁止されているから学校でしか友達と遊べないとか、
    あとは、2人とも先生が嫌いとか、そんな話をしたような気がします。

    ふと公園の時計を見ると、掃除の時間が始まっていることに気づき、
    私達は慌てて学校に戻ることにしました。
    2人ともカバンを学校に置いたまま出てきてしまったので、
    そのままバックレて家に帰るわけにはいかなかったのです。
    このあたりはうろ覚えなのですが、
    ふうちゃんは小さなカバンを持って出てきたので、
    このまま家に帰ろうかなぁ、と言ったような気もするのですが、
    そのあと学校に戻った時の記憶を整理すると、
    やっぱり2人で一緒に学校に戻ったというのが正しいみたいです。

    出て行くときとは違って、重い足取りで学校の正門に向かって歩いていくと、
    正門から、私が仲のいい男の子が飛び出して来ました。
    そしてこっちに向かって
    「お〜い、おまえらどこ行っててん!みんな心配しててんで〜」
    と大声で叫び、こっちに向かって走ってきました。
    その子、Nクンはその日は正門前の掃除当番で、私達を見つけて、
    飛び出してきたみたいでした。他にも何人か友達が走り出てきました。
    その時ふうちゃんはどうしたのかは覚えていませんが、
    私は、後ずさりし、後ろを向いて逃げるように走り出していました。
    でも、足の速いNクンに追いつかれ腕を掴まれてしまい、
    「とりあえず教室に戻ろうや、先生たちも探しててんで」と言われ、
    覚悟を決めて教室に戻る決心をしました。

    Nクンと数人の友達に囲まれて、教室に戻った私とふうちゃんの眼に、
    担任の先生が仁王立ちになって待っている姿が飛び込んできました。
    怒られる…。当たり前ですよね、悪いことしたんだから。
    その覚悟はできていたのですが、、、

    次の瞬間、先生はおもむろに両手で私とふうちゃんの前髪を掴んで、
    黒板にゴンッ!!と後頭部を打ち付けたんです。
    「どこ行っとったんやっ!!」
    ものすごい怒鳴り声でした。
    それも、他の友達は掃除中だったのでみんな見ている目の前ででした。
    一瞬だけ見た先生の顔は、にらむような怖い眼をしていました。
    私もふうちゃんも、涙がツーっと出てくるのですが口が利けません。
    謝らなければいけないのは分っているのですが、
    謝る気持ちになれなくなってしまったのです。
    怖いとかいうより、悔しいとか腹立たしい気持ちのほうが強かった。
    それだけは覚えています。
    それでも、2人とも下を向いたまま、先生とは眼を合わさないようにし、
    小さな声で「ごめんなさい」と言ったような気がします。
    でも、それは心から反省して謝ったのではなく、
    この場を早く終わらせたいがために言ったように記憶しています。

    結局、先生は、私達がなぜ学校を抜け出したのかとか、
    理由は一切聞かず、私達を職員室に連れて行くこともしませんでした。
    ただ教室で黒板に叩きつけられて、怒鳴りつけられただけで、
    その日は家に帰されました。
    帰る時、私は1人でした。靴を履き替え、正門まで歩いている途中、
    4年の時の担任だった先生が後を追いかけてきて、
    「今日はどうしたん?どうして学校抜け出したりしたん?」と話し掛けてくれ、
    確か手を握って肩を叩いて、私から何かを聞いてくれようとしたのです。
    泣きそうになりました。さっきとは違う感情から出る涙でした。
    その時初めて、あー私は悪いことをしたんだ、と反省したのでした。

    私はその日、家に帰ってからその話を親には話しませんでした。
    母も何も言わなかったので、学校から母に連絡があったのかも分らず。
    (うちの親は厳しくて、悪いことをしたら体罰、という教育方針でしたから、
    学校から連絡があったなら、その日はお尻に鞭を喰らっていたはずなので、
    その日は学校から連絡はなかったのだと思っていました)
    ただ、ふうちゃんは翌日学校を休んでいたように記憶しています。
    後日ふうちゃんに聞いたら、学校から連絡があったのか、
    自分から親に話したのか、そのへんはよくわからないのですが、
    ふうちゃんは親からひどく叱られた、と言っていたように記憶しています。

    私が小学校で事件を起こしたのは、あとにも先にもこれ1回だけです。


    ところが、このことが、意外な形で大問題になりました。
    問題として取り上げられたのは、卒業式間近の最後のPTA父母会でした。

    私とふうちゃんの事件の時、あの時の先生の怒り方がひどかった、
    と感じた友達が、そのことを自分の親に話したらしいのです。
    それを聞いたその親御さんが、あれは行き過ぎた体罰ではないか、と
    父母会の席で発言を始めたというのです。
    すると、それまで黙っていた親御さんの中からも、
    うちの子もこんな体罰を受けたと言っていたとか、
    うちの子はこんなのを見たと言っていたがひどい体罰ではないかとか、
    その先生の“体罰”実態を暴くような会になってしまったそうです。
    私の母はその場に出席していて、自分の娘が問題を起こしたことと、
    それに対して体罰を受けていたことを初めて知り、ビックリしたと、
    後で言っていました。
    ただ、問題を起こしてから少し時間が経っていたのと、
    他の親御さんから指摘されるほどヒドイ体罰だったらしい、
    というので可哀相になったのか、結局、母は私を叱りませんでした。

    結局、その先生の“体罰”については、学校全体からも教育委員会からも
    問題視されたらしく、翌年は学年主任を外された、
    というウワサを耳にしました。


    余談ですが、これが災いしたのか、私は最後の最後に、
    この先生から仕返しを喰らいました。
    例のPTA父母会のあと、母は職員室に行って担任の先生に会い、
    娘が問題を起こして申し訳ありませんでしたと謝ったそうです。
    そのうえで、卒業式が終わったらすぐ自宅を引っ越すため、
    卒業式のあとに卒業アルバムをもらいに行くことができないので、
    郵送の手配をお願いし、新住所を知らせて帰ってきたそうです。
    ところが、卒業式が終わり、自宅を引越して中学の入学式も終わったのに、
    待てど暮らせど卒業アルバムは送られてきませんでした。
    私は、小学校の卒業アルバムを手に入れることができなかったのです。
    みなさんはどう思います?
    なんか大人げない感じがしないでもないのですが。。。


    私は、それ以降、あの事件は忘れたくて封印していたように思います。
    それが、あのテレビを見て、突然思い出したので少し戸惑いました。
    でも、大人になった今は、あの先生の気持ちもわからなくはないのです。
    教育者とはいえ、それで給料をもらっているのですから、
    仕事といえば仕事なわけです。
    まして、学年主任だったわけですから、卒業式間近のあの時期に、
    自分のクラスで問題行動を起こした児童が出たりしたら、
    自分の査定考課にも響くわけです。
    できれば穏便に卒業式までを過ごしたかったのでしょう。
    あの時、先生が私達2人をにらみつけたのには、
    そういう感情的な一面があったのではないかと思うのです。
    それを、先生は“憎しみの眼”で私達を見ているように感じて謝れなかった、
    そういうことなのではないかと思っています。
    あの番組でも、現職の教師の1人が言っていましたが、
    「子供がそこに愛情を感じられなければ、体罰と言われても仕方ない」
    その通りではないかと思いました。

    だから、“教育”は“仕事”と思っていてはいけないのではないか、
    私はそう思いました。
    誰かが言っていたのですが、
    “怒る”と“叱る”は意味が違う、
    “怒る”のは感情的になって怒鳴ったり叩いたりすることだ、
    “叱る”のは相手に対する愛情あるから戒めることなのだ、と。


    なんかうまくまとめられなかったんですが、
    自分が子供を持つと、また違った見方になるのでしょうか。。。
    あの番組のなかで、街頭インタビューを受けた学生達が、
    「最近の親は甘い」と口々に言っていました。
    子供の教育は親の責任か、学校の責任か、という問いに、
    私は“親”という意見を持ったのですが、
    現実は、時代の流れもあり、家庭と学校の双方でやっていかないと
    難しいのかもしれませんね。

    子供を育てるって難しいのだろうなと、心底思ってしまいました。
    | History or Hysterie? | 23:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









    http://nanablog.nanaworks.jellybean.jp/trackback/94499